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東京地方裁判所 昭和27年(ワ)1026号 判決

原告 パナマ共和国法人 コンパニア・デ・トランスポーテス・デル・マー・ソシエダツト・アノニマ

被告 新野村貿易株式会社

主文

被告は原告に対し米貨十一万四千ドル(邦貨換算金四千百四万円)及びこれに対する昭和二十六年七月一日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

本判決は原告において金一千三百万円の担保を供するときは、仮にこれを執行することができる。

事実

第一、原告の主張

請求の趣旨

一、被告は原告に対し米貨十一万四千弗(邦貨四千百四万円相当)及びこれに対する昭和二十六年七月一日から完済に至るまで年六分の割分による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

三、なお、仮執行の宣言を求める。

請求の原因

一、原告は船舶運輸業を営む商事会社である。

二、原告は昭和二十六年四月十二日、日本東京に営業所を有する船舶仲立業者(Pacific Marine Corporation パシフイツク・マリーン・コーポレーシヨン以下単にパ社と称する)及びニユーヨークの船舶仲立業者(Ocean Freighting & Brokerage Corporation オーシヨン・フレイテング・エンド・ブロカレージ・コーポレーシヨン以下単にオ社と称する)の仲介により、訴外大彌産業株式会社(以下単に大彌産業と称する。)との間に大要次のような鉄鉱石運送のため船舶の全部を運送契約の目的とする傭船契約を締結した。

(イ)  傭船の目的たる船舶は、原告の所有に属し当時他の輸送に従事中の汽船Agathi「アガチ」号とする(この総噸数一〇、四〇〇噸)

(ロ)  船舶全部を傭船の目的とする。

(ハ)  船積港はポルトガル領印度ゴヤ、船積期間は昭和二十六年七月一日から同月三十一日まで、運送すべき貨物は鉄鉱石九五〇〇噸(一噸二二四〇封度)、仕向港は日本川崎港とする。

(ニ)  運賃は一噸につき米貨十八弗とする(但し、傭船者の求めにより契約書面では十八弗五十仙と表示する)。

三、被告は大彌産業と外一社とを合併して昭和二十六年五月中に新設された会社であつて、大彌産業の権利義務一切を承継して原告に対する傭船者の地位に立つた。

よつて以下大彌産業の行為をも便宜上被告の行為として陳述する。

四、被告は同年五月三十一日パ社に対して、為替資金の取得が困難であることを理由として、原告との傭船契約を解除する旨の申出を為しこの申出はオ社を通じて同日原告に到達した。よつてこのとき右の傭船契約は解除せられた。

五、これよりさき、原告は傭船契約成立後ただちにその履行の準備に着手し、そのため「アガチ」号は専ら契約の目的による拘束を受けることとなり、原告は「アガチ」号船長に指示して万全を期する態勢をとりつつ昭和二十六年五月中(但し、同月三十一日以前である)「アガチ」号をして始発港であるキユーバ港から約定の船積港であるポルトガル領印度ゴヤに向けて発航し、同年七月初旬船積港ゴヤに近いカラチ港に到着し、同港に停船して船用品を補給しゴヤ港に於いて鉄鉱石を積む準備を完了させ、同月中旬頃いつでもゴヤ港に行けるようコロンボ方向に向け出港して、ゴヤ港へ行く指令を待たせたか、被告はこのとき既に前に述べたとおり契約の解除を申出でていたために約定の船積を為さす。また船腹を他に転売する等の方法を採らなかつたので、原告は「アガチ」号に対しゴヤ港に行かずトルコに行くよう指令したそして「アガチ」号はやむなく同月二十日頃空船のままポートサイド港に帰錨するの余儀なきに立ち至り結局同船は五月から八月迄空船のまま運航又は滞船し莫大な損害をうけかつ得べかりし利益を失つたのである。従つて、仮に被告の申出によつて契約が解除せられなかつたとしても、被告は約定の船積期間内に運送品たる鉄鉱石の船積を為さなかつたのであるから、その期間を経過した同年八月一日以降契約の解除を為したものと看做されることになつた。

六、右の傭船契約に関して、当事者間にその準拠法につき特別の定めがなかつたから、法例の規定により行為地法である日本商法に拠るべきである。

しかして、右の傭船契約は、目的たる「アガチ」号が他港から船積港に航行する場合に係り、しかも契約の解除は傭船者たる被告から為され、或は被告が船積期間内に運送品の船積をしないことに起因するものであるから、日本商法第七四五条第二項後段及び第四項の規定により、被告は原告に対して運賃の三分の二の金額即ち米貨十一万四千弗を支払うべき義務がある。

七、よつて、被告に対して右金額の支払と、これに対する本件契約解除後である昭和二十六年七月一日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求め、若し米貨による支払ができないときは、米貨を公定換算率(一弗につき三百六十円の割)によつて換算した日本貨四千百四万円と、これに対する右と同様の遅延損害金の支払を求める。

被告の主張に対する陳述

一、被告は傭船契約の成立を否認するが、在外船舶を傭船するには、傭船者は船舶仲立業者を通じ電信又は電話等最も迅速な方法により船主側と契約の内容につき互に条件を提示し合つて最後的協定を遂げ、傭船契約書は隔地者の間であるためにその後に交換することが一般的な事例である。

二、これを本件について言えば、右に述べたとおり、右の傭船契約を締結する際には、パ社、オ社の両船舶仲立業者が介在していたもので、パ社は被告と直接折衝してその諸条件を確かめ、他方オ社を通じて船主たる原告と数次電信を交換して、もつて昭和二十六年四月十二日に原、被告の間に右のような条項の傭船契約が確定的に成立するに至つたものである。

三、しかして、原告はその合意の内容に副う傭船契約書を作成(印刷してある書式に記入する方法をもつて)して、先ずニユーヨークに在る原告の総代理店 A Lusi, Ltd(エー・ルシー・リミテツド以下エ社と称する。)の代表者がその二通に署名し、オ社及びパ社を通じて昭和二十六年四月十七日被告に交付してその一通に担当者の署名を求めたところ被告は同年五月十七日それに署名の上原告会社に回送してきた。右の傭船契約書には契約書の日附を合意の成立した日である昭和二十六年四月十二日と明記してある次第であつて、この契約書はさきに成立した契約内容を証するために作成したものに過ぎず、しかもその際パ社が被告を錯誤に陥れた事実もなければ、また右パ社は原告の代理人でもないので、被告の主張は何等根拠のないものである。

被告の抗弁に対する主張

一、個々の抗弁に対する主張を述べるに先き立ち、輸入商品買受及び傭船契約の実状と、外国為替及び外国貿易管理法下における輸入商品及び傭船料のドル支払の関係とについて、原告の主張を明かにする。

二、凡そ、貿易業者が一船を借り切つて大量の貨物を輸入し、これを国内の需要に向けようとする計画を行う為めには、(1) 国内販売契約(2) 海外出荷人との売買又は交換に関する協定(3) 資金の調達(4) 輸入の承諾若しくは許可(外貨の獲得を含む)(5) 傭船契約等を必要とする。貿易業者にとつては右の内の一事項はそれぞれ他の事項の前提であつて、若し出来ることならば全体を通じて相互に他の事項を一事項の条件に係らしめることが望ましいことであるかも知れない。しかし、かくしては個々の事項の相手方は立場を失う結果になるので、個々の契約の効力は他の事項の成否によつて効力を妨げられないとする一線を保持する必要を見る。これを傭船について言えば、船主は傭船者の海外から輸入する貨物の取得原因や対価の有無或はその種類の如何は勿論、輸出入の許可、承認その他の官庁行為の既決、未決のいずれであるかに付いては関知するところではなく、また立ち入るべき範囲でもない。ただ契約の定めるところに従い船積港において期間内に船積を為しその運送を完了させることを引受けるのみで足りる、とするのが一般である。従つて輸出入に対する政府の許可若しくは承認等を条件として傭船契約を為すが如きことは、船主の立場を考慮した充分な保証をもつてする特約でもあれば格別、今日の国際海運界の実際においてはその例がない。けだし、船主は成否を期し難き条件附契約の下に船舶の拘束を受けることはできないし、一方傭船者は船舶の維持管理の責任がなくしかも条件不成就となつても船腹転売の権利があるので、右はこの両者の均衡と海商企業の特質とから生じた慣行である。

三、次に、外国為替及び外国貿易管理法下における輸入商品のドル支払(傭船料については後に述べる)についてみるに、被告が主張するところを綜合すると、結局、被告はその輸入せんとする鉄鉱石につき輸入貿易管理令第四条第二項第二号に基いて外国為替銀行たる大和銀行東京支店に対し自動承認制による輸入承認の申請を為したものである。しかして、この場合外国為替予算の残額がある限り必ず輸入の承認従つて代金支払のためのドル貨の獲得が為されることは同法第四条第二項に明定するところであり、また被告の主張するところである。

従つて、被告にとつては、昭和二十六年四月十八日の第二十七回輸入公表が発表せられた際、当時の状勢を察知して直に最善の方法をもつて輸入承認の申請手続を運んでいたならば、必ず承認を受け得たのである。しかるに被告は事茲に出でず、通産省がこの受付を停止した当日即ち同月二十一日午前中においてなおその提出書類に不備の点があつて受理されるに至らず、斯くして外貨予算残額の関係から同日午後に同期の自動承認制に係る輸入承認の申請の受付が締切られるに至つたもので、他日受付停止の措置のあることは一定の予算額内で為される自動承認制の立前上当然予想される事柄であるから、被告は結局適当な処置を怠つたものというべく、被告の責に帰すべき事由によつて輸入の承認を受け得なかつたものである。

四、更に、外国為替及び外国貿易管理法下における傭船料のドル支払についてみるに、傭船契約(いわゆる役務契約)従つて傭船料のドル支払のための許可と輸入商品の許可(その代金支払のためのドル貨獲得を含む)とは別個の手続によるべきである。通産省が輸入承認申請の受付を停止したのは閣僚審議会で輸入の自動承認を認めた範囲の貨物、即ち本件における鉄鉱石の輸入についてのみであつて、傭船料の支払のための外貨の獲得は右の停止の措置とは関係がない。本件の傭船契約の締結そのものについては外国為替及び外国貿易管理法上(外国為替管理令第十七条第一項本文参照)何等の制限規定なく、当事者は任意に傭船契約を締結することができる。ただ傭船料のドル支払の段階においては外貨獲得の面で通産大臣の許可を要するにすぎない。通産省の実際の取扱もまたそのとおりである。

五、以上のとおりであるが、被告の主張する抗弁に対する原告の個別的主張を明かにすれば次のとおりである。

(イ)  敵国人との傭船契約であるから無効であるとの抗弁について、戦争中及び戦後の一期間中我国の国際取引が一時禁止せられたことは明かであるが、占領政策の伴行に併い一部の国際取引再開が許され、次で昭和二十四年十二月一日外国為替及び外国貿易管理法が制定されるに及んで、同法の条件に従う限り何人も自由に国際取引を為し得るようになつたことは周知のとおりであり、この点に関する被告の抗弁の理由のないことは多言を要しない。

(ロ)  停止条件不成就による契約無効の抗弁について右の傭船契約には、被告が抗争しているような、外国為替及び外国貿易管理法第二十七条による輸入商品及び傭船料に対する外貨資金の割当を停止条件とする旨の特約は附せられていない。また契約の性質上当然その許可が契約成立の前提条件となるという商慣習は存在しない。被告がその割当を受けると否とによつて契約の効力に消長を来すものではない。

(ハ)  合意解除の抗弁についてパ社は被告の契約解除の申出に同意したことはないし、また同社は船舶仲立業者であつて原告の代理人ではない。

(ニ)  運送品が不可抗力によつて滅失したとする抗弁について、被告が運送品たる鉄鉱石の輸入承認従つてその代金支払のためのドル貨の獲得ができなかつたのは、専ら被告の懈怠によるものであつて、輸入承認申請の受付停止の措置のため鉄鉱石を輸入し得なくなつたとしても、これを目して不可抗力によつて運送品が滅失した場合と同一視し得べき限りでない。

(ホ)  不可抗力に基く運送契約の目的不達成の抗弁について。傭船契約締結の実状については前に述べたとおりであつて、被告が抗争しているが如き事実は、被告のいわゆる見込違いである。即ち、被告は原告と傭船契約を締結するに当つて、輸入商品たる鉄鉱石の輸入承認(商品代金支払のためのドル貨の獲得を含む)を得られるものと考えていたところ、その結果が予期に反したというのであつて、かかる商業上の見込違いは不可抗力とは判然と区別せられなければならない。

(ヘ)  損害額特約の抗弁について、原告においてはかかる特約を定めたことはない。

(ト)  なほ、原告の「アガチ」号が他港より船積港の近くにあるカラチ港に寄港したのちゴヤ港に向け航行して被告の船積を待つた事実は、前に述べたとおりである。

第二、被告の主張

請求の趣旨に対する答弁

一、原告の請求はこれを棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

請求の原因に対する答弁

一、原告の主張事実中被告において認める事実は次のとおりである。

(イ)  原告が原告の主張している事業を営む外国商事会社であること。

(ロ)  被告が昭和二十六年五月中大彌産業と外一社とを合併して新設された会社であり、従つて大彌産業の権利義務一切を承継したこと。

(ハ)  被告がゴヤ港において「アガチ」号に対し原告主張の期間内に鉄鉱石の船積を為さなかつたこと。

(ニ)  本件につき、原告と被告との間に準拠法に関する特別の定めがなかつたこと、従つて、法例の規定により、行為地法たる日本商法によるべきであること(但し、原告との間に傭船契約が成立するまでに至らなかつたと主張すること、次に述べるとおりである。)

二、その余の事実は全部争う。

被告の主張

被告は、被告と原告との間に原告が主張しているような傭船契約は成立をみるに至らなかつたのであり、従つて契約解除に基く債務を負担すべきいわれがない。と主張するのである。原告と被告(昭和二十六年五月被告が新設せられる以前は全て訴外大彌産業の行為である。便宜上それをも以下単に被告の行為と称する)との間の交渉の経緯は次のとおりである。

一、被告はポルトガル領ゴア鉄礦石を買受ける必要が生じたので昭和二十六年二月頃からその交渉を重ねる一方、売買契約成立の暁には鉄礦石の積取りに必要な船舶の傭船に関しパ社と交渉を続けてきた。

二、被告は同年四月に至り昭和二十六年第一四半期(四-六月)の自動承認輸入方法により必要なる外貨資金入手の目安も付いたので、鉄礦石買受の交渉を具体化すると共に、傭船については同月十二日パ社からのOffer (オツフアー即ち申込書)にサインをした。しかし、このオツフアーは、鉄礦石の転売先である訴外日本鋼管株式会社(以下日本鋼管と略称する。)と転売契約を締結する際傭船関係の交渉事実を証する必要上オツフアーの形式を採つた書面に署名したまでであつて、その記載内容に副うような合意をしたものではない。しかも該オツフアーは船舶所有者の承認を条件とするもので普通のオツフアーとその形式を異にするのみならず原告においてブローカーなりと主張するパ社のオツフアーであつてこれにサインしたからとて普通のオツフアーにサインした場合と同一の効力を生じない。しかのみならずオツフアーはそれ自体契約書ではなく、従つてこれにサインしたからといつて直に契約が成立したとはいえないのである。

三、しかし、被告は原告との契約の成立を期待し、直に輸入許可の獲得並びにLC(信用状)開設その他の準備をするため、同年四月十八日発表になつた第二十七回輸入公表により被告の取引銀行でしかも外国為替銀行である大和銀行東京支店と折衝し、その間被告の書類の不備等によつて多少の曲折があつたものの結局同月二十一日最終的にその了解を得たので必要な一切の書類の提出を了して輸入許可の申請を為し、右の書類は同行から日本銀行に廻付せられるだけの運びとなつたところ、当日は折悪しく土曜日であつたため日本銀行へは翌々二十三日月曜日に廻付せられる筈になつた。しかるに全く思いがけなく二十一日土曜日の午後に突如として通産省からドル地域の輸入許可申請受付停止の措置が発表せられた。自動承認制による輸入許可方法とは、先着順に従う輸入許可方法によるとその申請が先着を争うため甚しき混乱をきたしたのでその弊を防ぐために採用せられたもので、輸入許可申請に対し一定の予算額の枠内で残額が存する限り外国為替銀行によつて必ず承認せられる制度である。しかも、第二十七回輸入公表には相当金額の枠が予定せられ、何人も発表後数日ならずして即ち輸入許可申請受付開始後一日半にして停止せられるとは夢想だに為し得なかつたところである。そのため被告は緊急対策として大和銀行に対し二十一日中に日本銀行へ右の書類を廻付されるよう依頼すると共に、関係方面へ事情を具して特別の取り計らいを懇願したがいずれも徒労に終つた。

輸入許可申請についての事態が右の如く全く予期しない結果になつたので、原告は直にパ社に対して、外貨資金の獲得が出来なかつたため傭船契約を締結してもその履行は不可能である旨を連絡し、その後も引き続き傭船に関する話合を取り止める交渉を進めてきた。しかるにパ社は、当社の面目上ともかくCharter Party (チヤーターパーテー即ち傭船契約書)に署名して貰い度いこと、署名しても決して傭船契約の効力を発生せしめないこと署名さえすればこれまでの話合を取りやめることにつき同社において船主たる原告と交渉して、船腹を他に転売することにより解決する、というのでその言を信じて同年五月十六日チヤーターパーテーに署名して同社に交付した。ところがチヤーターパーテーに署名以来パ社の態度にその約束のような動きが見えないので念のため同年五月三十一日同社に対し文書をもつて傭船契約を取消す旨を通知したのである。

四、交渉の経緯は右のとおりであつて、オツフアーに署名したのみでは未だ契約が成立したものとは云えず、また、チヤーターパーテーに署名したのは従前の話し合いを取り止めるための手段にすぎないのであつて、これによつて当事者双方の契約を成立せしめる申込と承諾の意思が表示せられたものではない。

抗弁

仮に、原告が主張しているような傭船契約が成立したと認められるとしても被告は抗弁として次のとおり主張する。

一、右の契約が成立したとせられる当時、我国においては敵国との取引は総て政府の許可を要するものであり、しかも原告の属するパナマ国は当時敵国であつた。従つて右の傭船契約は政府の許可を受くべきものであつたにも拘らず、その許可を得ずして為されたものであるから無効である。

二、仮に、右の主張が理由なしとするも、右の契約は、外国為替及び外国貿易管理法第二十七条により輸入許可、従つて輸入商品と傭船料とのドル支払のための外貨資金の割当を受けることを停止条件としていたものである。かかる特約までは認められないとしても当時の商慣習として輸入許可を受けることを当然の前提とするものである。しかるところ、前に述べた経緯により昭和二十六年四月二十一日ドル地域の輸入許可申請受付停止の措置が為された結果、そのとき右の条件は成就せざることに確定し、同日以降右の契約は無効に帰した。

三、仮に、右の主張が理由なしとするも、輸入許可申請受付停止により外貨資金獲得不能となつた際、被告が同日原告代理人たるパ社に右の傭船契約を取消すことを申出たのに対し、同社はこれに同意したので、右の契約はこのとき合意によつて解除せられたものであるから商法第七四五条第二項後段に基く責任はない。

四、仮に、右の主張が理由なしとするも、右の傭船契約において運送すべき鉄礦石は輸入許可申請受付停止、従つて外貨資金獲得不可能によつて入手するを得ざるに至つたもので、これは全く商法第七六〇条第一項第二号にいう運送品が不可抗力によつて滅失したる場合、と同一視すべきものである。従つて右の傭船契約はこの規定により当然終了すべきものであるから被告は運賃支払の義務はない。

五、仮に、右の主張が理由なしとするも、右の如く輸入許可申請受付停止により鉄礦石の買入不能となつたことは、同法第七六一条第一項にいう、不可抗力により契約を為したる目的を達すること能はざるに至りたる場合、に該当するものというべきである。しかるところ被告は前に述べたとおり、昭和二十六年五月三十一日原告に対して右の傭船契約を解除する旨の意思表示を為した。しかも、この意思表示は目的船舶が船積港を発航する前に為されたものであるから、被告は運賃支払の義務はない。

六、仮に、右の主張が理由なしとするも、右の傭船契約には当事者の特約をもつて、債務の不履行ありたる場合には証明せられた損害を賠償すれば足りることを定めている。しかるに原告は被告の債務不履行よつて損害を蒙つたことにつき何等証明を為していないのであるから、被告は債務不履行に基く本訴の請求に応ずべき義務はない。

七、以上の主張が全て理由がないとしても、右の傭船契約の目的となつた「アガチ」号は、他港から船積港たるゴア港に航行したものではないから、同法第七四五条第二項に該当せず、被告は同条第一項所定の運送賃の半額を支払えば足りるものである。

抗弁についての補足的主張

一、本件の如く外国商品を外国船舶を傭船して輸入する場合に、商品代金のみならず傭船料の外貨の獲得を必要とすることは自明のことであつて、この場合商品代金と傭船料とは合算して又は別々に外貨資金獲得のための申請を為すことができること勿論である。

しかし、商品の輸入承認を得られず即ち商品代金の外貨資金の獲得ができないときに、傭船料のみの外貨資金の獲得は無意義であり、外国為替及び外国貿易管理法第一条の規定の法意に照しても許すべからざることである。即ち本件の如き場合には商品の輸入の承認を得たるや否やに関係なく傭船料のみにつき独立に外貨資金を獲得するということは許すべきではなく、商品の輸入許可ということを前提とすべきものである。

二、通産省の実際の取扱において貨物の運送契約に基いて貨物運賃の支払をすることにつき外国為替管理令第十一条第一項の規定による通産大臣の許可を受けんとするものは貿易関係為替管理規則第三条の規定により、同規則で定められている支払等許可申請書三通に当該運送契約の内容を証するに足る書類等のほか輸入承認証の写一通の提出を必要としているのに徴しても右のことは明かである。本件において、被告は輸入許可の申請を為すに当つてC&F(荷揚港における価格、即ち貨物の価格運賃)金額即ち商品代金と傭船料とを含めた額で申請したものであつて前に述べた事情によつて輸入許可を受けられなかつたものである。

第三、証拠〈省略〉

理由

第一、本件契約の成立について

原告が船舶運輸業を営むことを目的としてパナマ国法により設立された商事会社であることは、当事者間に争がない。

まず第一の争点である本件傭船契約の成否について判断する。

一、準拠法

当事者双方は本件傭船契約の成立及び効力の準拠法を日本法とする旨の裁判上の合意をなしたから以下本件にはわが法令を適用して判断する。

二、本件契約の成立につき総括的に問題となる諸点について

本件契約の成否を判断するにさきだちこれに関連して貿易業界海運界の慣習、又は慣習に至らないところの慣行を考察する。

(1)傭船契約の要式性

証人久野、同吉田、同高谷、同大石の各証言を総合すれば次の事実が認められる。

日本商社が在米船主に対し傭船交渉をするには、まず日本商社から船舶仲立業者を通じて船主に希望条項を明らかにした上傭船方を申入れ、船主はその希望に副う船があれば電信又は電話等をもつて急いで仲立業者を通じ日本商社に契約条項を通知する。この際仲立業者は確実を期するため船主の示した条項を文書に明記し仲立業者自ら署名してこれを日本商社に示し、日本商社において右条項を承諾して右文書に署名(頭文字だけでもよい)すればここに傭船契約が成立する。

右の文書をオフアーノート(Offer note)といい、業界において行われている一定の書式に従つて作成され契約上の重要事項、即ち積荷の種類、数量、船積地、陸揚地、船積及び陸揚期間、運賃、滞船料、早出料、船舶の特定等はすべてこれに記載される。その他の付随的事項は業界に行われている一定の契約約款に従うものと口頭をもつて定められるのを常とする。傭船契約が運送目的物の輸入承認又は運賃の外貨による支払の許可を得てはじめて発効するというような停止条件にかかる場合には、右条件はオフアーノートに記載されるものとされておりかかる記載がないときは右条件不成就となつても契約はその効力を失わない。

なお急速を要する場合であつて相互に信頼関係があれば電信の交換のみによつて契約が成立することもある。

しかし当事者間に重要事項につさ合意が成立していない場合又はオフアーノートに特別の定め例えば日本商社の承諾後船主の同意をまつてはじめて契約が成立する等の条項がある場合には傭船者の署名によつてではなく、重要事項につき合意の成立したとき又は契約の定める時期に従つて契約が成立する。

船主及び傭船者は慣例として右契約成立後遅滞なく一定の印刷された書式に記入する方法によつて傭船契約書Charter Party (チヤーターパーテイ)を作成し署名することになつているが、これは契約の成立を確認する意味を有するにとどまり契約成立の要件ではない。

以上の事実が認められる。証人大石光太郎の証言のうち右事実認定と矛盾する部分は信用しない。他にこれを覆えすに足る証拠はない。

(2)外国為替及び外国貿易管理制度と傭船契約との関係物資の需給統制及び外国為替管理の見地からする外国貿易に対する法令上の制限は終戦後除々に撤廃され、昭和二十六年四月頃は外国為替及び外国貿易管理法に基く制限のみが残されていた。当時の同法及び外国為替管理令、外国為替の管理に関する規則、輸入貿易管理令、輸入貿易管理規則、外国為替予算の使用の確認に関する規則等による右管理制度の概要は次の通りである。

政府は本邦にある対外支払手段をその手に集中し使用可能の外国為替の数量を検討した上、毎年外国為替予算を編成し貨物輸入等のため使用しうる外国為替の額を各貨物別、決済地域別に区分して定めて公表し(これを輸入公表という)貨物輸入者にその申請により右予算の範囲内で輸入承認をする旨の各種措置を採つていた。右輸入承認には、右予算がある限り先着順に承認する方式通産大臣による外貨割当の後承認する方式等があつたが、この外政府は貿易自由化の傾向に即応し自動承認制を設けた。これによると通産大臣は外国為替予算の各決済地域ごとの総額及び本制度によつて輸入できる貨物の品目をあらかじめ公表し(各品目ごとに右予算を定めるものではないから輸入承認の結果一部品目をもつて予算が満額になることもあり得る訳である。)、何人も右公表の範囲内でいかなる品目のいかなる数量についても輸入承認申請書を外国為替銀行に提出し得べく、この場合右銀行は右申請が外貨資金を要しかつ右銀行の承認をもつて足りる(通産大臣の許可不要)と認めるときは毎日遅滞なく外貨資金の元締である日本銀行に右予算の残額の有無及び外貨資金の使用可能か否かを照会し、右残額のあること及び右資金の使用可能なことの確認を得れば必ず右申請を承認しなければならず、右確認を得られないときは右申請を承認しないものと定められていた。

なお傭船契約は外国為替管理令第十七条に定める場合を除き通産大臣等の許可又は承認を要せずに締結し得るが、傭船料を支払う段階において通産大臣の許可等を必要とする場合が生ずるのである。

かように適法な貨物の輸入契約及び傭船料の支払はひとえに通産大臣の許可又はその委任による日本銀行若くは外国為替銀行の承認にかかつているけれども、証人吉田及び同高谷の証言によると貿易業界及び海運業界においては右許可又は承認をもつて傭船契約の停止条件とする旨の慣習はなくかつ傭船契約中に右停止条件を明示しなければ右許可又は承認の有無によつて傭船契約の効力が左右されることはないものとされていることが認められる。

三、本件契約の成立迄の経過

成立に争ない甲第一号証の一ないし三、甲第二号証、甲第三号証、証人久野の証言により真正に成立したと認められる甲第四、五号証、証人久野、同成沢(第一、二回)、同横内の各証言を総合すると本件契約締結に至る経過的事実として次のことが認められる。

(1)  原告の申込誘別及びオフアーノート

大彌産業は昭和二十六年初頃ポルトガル領インドから鉄鉱石を輸入しこれを日本鋼管に転売すべくゴヤの輸出業者ヒンズー・トレーデイング・カンパニー及び日本鋼管等と折衝を開始した結果、右カンパニーから鉄鉱石約九千五百トンを買付けることとなりその輸入承認を得る見通しもついたので、同年四月頃東京に営業所を有する船舶仲立業者であるパ社に対し右鉄鉱石を運送するため適当な船舶の傭船の仲立を依頼したところ、パ社においてニユーヨークの船舶仲立業者であるオ社及び原告代理人であるニユヨークの工社を通じ原告とその所有船舶の傭船の交渉を開始した。

原告は当初大彌産業に対しリバテイ型汽船ブルースター号を提供しようとしたが運賃等につき合意が成らず、原告はついで同年四月十二日次のような条項による汽船アガチ号の傭船方の申込の誘引の意思表示をなした。

一、契約の目的物件は当時他の運送のため南米方面を航行中の汽船アガチ号の全部とする。

二、運送品は鉄鉱石九千五百トン、但し数量に一割の増減があつても差支ない。

三、運送区間はポルトガル領インドのゴヤ港(マルマゴヤ)一泊地から日本の一港湾一泊地まで。

四、船積期間は昭和二十六年七月一日から同月三十一日まで。

五、運賃は鉄鉱石トン当り米貨十八ドルとし船積に際して船荷証券に署名の旨電信で通知あり次第ニユヨークで支払わるべきものとし、本船及び積荷が喪失することがあつても払戻をしない。

六、船積は日曜休日を除き十四天候作業日(船積不可能な悪天候の日以外の日をいう)内に完了すべく、陸揚は休んだ日曜及び休日を除き一天候作業日千二百トンの割合で完了すること。

七、滞船料は一日千五百ドル、早出料は一日五百ドルの割合とする。

八、大彌産業は最高吃水まで運送品の船積をすること。もしこれができないときは空積運賃を支払うこと。

九、船積港及び陸揚港ではしけ舟によつて運搬するときはその危険及びその費用は大彌産業の負担とする。

十、船積港及び陸揚港での仲任料は大彌産業の負担とする。

十一、原告は船及び積荷に対して課税されることがあつてもこれらを負担しない。

十二、その他の条項は共通一般傭船契約書の定めるところによる。

(右契約書は電信番号をGENCONといい、前述の各条項の外船主の責任、離路の自由、船積陸揚の各期間の計算、留置権、船荷証券、契約解除、共同海損、損害賠償、代理人、仲介手数料、労働争議、結氷港、戦時、海上衝突に関する各条項を含み貿易業者及び海運業者間においてはGENCONといえば何人も直ちにその意味を了解し得る程度に公知の事実となつている。)

原告の右申込の誘引の意思表示は電信をもつてまずパ社に対して行われ、同社は即日右条項をオフアーノートに記載して大彌産業の代表取締役植田喜代治に示しここに右意思表示は大彌産業に到達した。

(2)  被告の契約の申込とオフアーノートの署名

大彌産業は右誘引を検討した結果これに応じて右各条項により傭船契約の申込をなすことに決り、右植田は大彌産業代表者として同月十二日パ社に対して右条項による契約申込の意思表示をなしこれが原告への伝達方を依頼し、かつ大彌産業従業員訴外成沢慎一をして右オフアーノートに署名させた。右意思表示は即日電信をもつてパ社及びオ社を通じて原告に到着した。

(3)  原告の承諾

原告は調査の結果大彌産業が一流貿易業者であることを知り同月十二日頃右申込に対し承諾の意思表示をなしこれは其頃オ社及びパ社を通じて大彌産業に到達したので、ここに前記のような条項をもつて本件傭船契約が成立するに至つた。

以上のような事実を認めることができる。

(4)  被告の契約不成立の主張及び立証に対する判断

被告は、右オフアーノートに右成沢をして署名させたのは、日本鋼管に対し本件鉄鉱石を売却する交渉をする際及び輸入承認申請をなす際傭船契約交渉の事実を証するためであつて真実その記載内容のような合意があつたわけではなく、かつ本件オフアーノートは通常のそれと形式を異にし船主の承認を条件とするのみならず、原告名義のオフアーノートではなくパ社名義のそれにすぎないからこれに署名しても契約は成立しないと主張するけれども右契約が当事者の真意に出たものであることは前に認定した通りであつて大彌産業が日本鋼管に対する交渉及び輸入承認申請に必要だからというだけで右オフアーノートに署名したものとは認められずこの点に関する証人横内、同成沢(第一回)の各証言は採用しない。また前に第一の二の(1) で認定した通り右オフアーノートが船主の承認をまつて契約を成立させるものとしているという一事をもつてこれをオフアーノートでないとなし得ないのでありまた同所で認定した通り隔地者間の契約の場合オフアーノートは仲立業者名義で作成されるものであるから被告の主張はいずれも理由がない。

次に証人横内、同成沢(第一、三回)はいずれも前記契約申込の誘引の各条項中に積込場所が港内か否かにより積高に関係するのにその合意がないこと、右のうち運賃ニユーヨーク先払条項(第五項)最高吃水条項(第八項)税金条項(第十一項)は傭船者に対し苛酷であつて到底履行できないものであるから、大彌産業がかような条項を承諾する筈はなく従つて前記のような契約の申込はなかつたと供述する。しかし証人坂本同久野の各証言によつて明らかなように、当時朝鮮動乱が次第に激化し世界的に物資の需要が増大しその供給不足の兆が見え、わが国の貿易業者及び各製造業者においても適正需要にもとずき或は先高を見越した思惑にもとずきそれぞれ物資の輸入に狂奔していたので、自然海上運賃市況は堅調を示し船積期が三ケ月先位でなければ傭船契約をなし得ない程となり、船主はかかる状況を反映して傭船者に対し苛酷な条件を示すこともあるなど傭船者の立場は比較的弱かつた事実を考慮するときは、大彌産業が前記のような各条項を承諾する筈がないとするには当らない。

(5)  チヤーターパーテイー(Charter Party )の作成

甲第二、三号証及び証人久野、同斎藤、同茂沢(第一、二回)同横内の各証言によれば、工社は同年四月十七日前述の貿易業界の慣例に従いチヤーターパーテイを作成しこれをオ社を経由してパ社に空輸し、パ社の従業員久野武雄がこれを大彌産業東京支店長斎藤南平に示しその署名を求めたところ、同人は大彌産業において当時後に認定の通り本件鉄鉱石の輸入承認を得られる見込がきわめて薄くなつていた折柄であつたので右チヤーターパーテイに署名することを拒んだが、結局右久野に説得され貿易業界の慣例に従い船主をしてアガチ号を空船のまま運航させることによる損害を少からしめるため大彌産業において他の商社と同船の再傭船契約の交渉をすることとしその必要上右契約の成立を確認してチヤーターパーテイに署名したことが明らかであり、証人斎藤、同成沢(第一、二、三回)、同横内の各証言中右認定に反する部分はこれを措信しない。

四、被告の契約の成立に関する抗弁について

(1)  本件契約は対敵取引であるから無効であるとの抗弁について

本件契約当時は日本人と敵国人との間の取引を無効とし又はその効力を官庁の許可にかからせる法令は何等存在しないから右抗弁は理由がない。

(2)  本件契約が停止条件付であるとの抗弁について

前に第一の二の(2) で説明したように被告主張のような輸入承認及び傭船料ドル支払の許可という停止条件を傭船契約に付することが当時の商慣習であつたとは認められない。

形式的に観察すれば第一の二の(2) で説明したように、傭船契約につきオフアーノートが作成され、かつ右のような停止条件の合意がある場合には右条件は必ずオフアーノートに明示されることを要するにもかかわらず、甲第一号証の二、第三号証によれば本件契約のオフアーノート及びチヤーターパーテイのいずれも被告主張のような輸入承認又は傭船料ドル支払の許可をもつて本件契約の停止条件とする旨の記載がない。実質的に観察すれば、仮に本件契約が右のような停止条件付とした場合、船主たる原告は成否未定の条件付契約によつて船舶を運航するという危険にさらされながら、甲第一号証の二、第三号証によると本契約中には原告が右条件不成就によつて蒙るべき損害に対し何らかの補償を得られる旨の条項がないと認められるにもかかわらず、前に第一の三の(5) に認定したように傭船者はもともと船舶運航の責任がない上慣例として輸入承認を得られずして傭船契約が効力を発生しなくとも他の者と船舶の再傭船契約を締結して契約効力不発生による損失を免れることができるのであり、結局本件契約が停止条件付であると仮定すると双方当事者の利害の均衡を著しく失うことになりかゝる条件が存在することにつき合理性がなくなるのである。また証人久野の証言によると大彌産業は輸入承認が得られることにつき強い自信をもち承認が得られない場合を予測していなかつたと認められる。

以上の諸点からすれば証人久野の証言するように本件契約には右のような停止条件がなかつたものと認むべく、これに反する証人横内の証言は措信しない。

第二、被告の承継

大彌産業は昭和二十六年五月中外一社と合併して被告を設立し被告は大彌産業の権利義務一切を包括的に承継したことは当事者間に争がない。

第三、本件契約の終了

一、商法第七四五条第二項後段による解除

成立に争ない甲第七号証及び証人久野の証言によれば、被告は昭和二十六年五月三十一日パ社に対し本件鉄鉱石輸入承認が得られないことを理由に本件契約を解除する旨の意思表示をなしたことが認められ、右意思表示が即日パ社及びオ社を通じて原告に到達したことは被告において明らかに争わないところである。そして証人ニコラス・チユーラスの証言によれば、原告は本件契約成立後同年五月中(三十一日以前)アガチ号船長ニコラス・チユーラスに命じて当時他の運送に従事中の同船をキユーバ港から空船のまま約定の船積港たるポルトガル領インドのゴヤ港に向け発航させたことが明らかであるから、右解除は商法第七四五条第二項後段の場合にあたり本件契約は同年五月三十一日をもつて終了したものである。従つて原告の同条第四項による解除の予備的主張につき判断する必要を見ない。

二、合意解除の抗弁について

パ社が原告から本件契約の合意解除をなす権限を与えられていたこと及びパ社が被告の解除申出に同意したとの事実はいずれもこれを認めるに足りる証拠がないから本抗弁は理由がない。

三、不可抗力の抗弁(商法第七六〇条第一項第二号及び同法第七六一条第一項)について

成立に争ない乙第一、二、三号証及び証人坂本の証言によれば次の事実が認められる。

通産省は昭和二十六年四月十八日、同年四月から六月迄の外国為替予算にもとずく自動承認制による輸入品目及びこの輸入承認申請の受付開始日が同月二十日であることを公表(同年第二十七回公表)した。これによるとポルトガル領インドのゴヤはドル地域に含まれそこからの鉄鉱石の輸入は可能とされていた。通産省は昭和二十五年八月自動承認制が創設されたときからその発行の通商弘報及び日刊新聞紙等に、自動承認制は有効需要にもとずく堅実な輸入の促進を目的とするからその予算総額は従前の各商品別の予算の総額よりも多く取つてあり、先着順輸入承認制と異り抽せんによつて輸入承認を受け得ないような場合はなく、輸入承認の申請をすれば自動的に輸入承認が行われ原則として右申請の受付停止という事態は発生しない筈であつて、仮想需要にもとずき所謂思惑輸入をすることは危険故、これをしないようにとの警告を発していた関係もあり、右公表に当つては思惑輸入を防止するため、信用状開設期間を短縮し申請に当り提供する担保の額を高めなお予算は予想される申請よりも多めにとり申請が予算を超過したときは予算を追加することなどを定めた。

しかし当時はさきに第一の三の(4) に記載したような経済情勢であつて思惑輸入が横行し外貨にプレミアムがついているような有様のため通産省の予期に反して同月二十日輸入承認申請の受付を開始してからわづか一日半でドル地域の右申請が予算額に達しついに同月二十一日(土曜日)午後右第二十七回輸入公表によるドル地域の右申請受付が停止されることが発表された。即ち同月二十三日以後日本銀行に廻付される輸入承認申請書については同行の確認が得られず従つて輸入承認を得られないこととなつた。

以上の事実が認められる。

被告の主張するところによれば、大彌産業は右第二十七回輸入公表を見るや、直ちにその取引銀行であつて外国為替銀行である大和銀行東京支店に本件鉄鉱石の輸入承認申請をなすべく、これと連絡を保つて申請書提出の準備をしたが書類の一部の不備のため右支店において正式受理の運びに至らず、ようやく同月二十一日(土曜日)一切の書類をととのえて輸入承認申請書を右支店に提出したところ、丁度当日の執務時間終了間際であつたので右支店において日本銀行に対し確認のため右申請書を廻付するのが同月二十三日(月曜日)にのび、その間に前述のような所謂受付停止の措置がとられたものであつて、大彌産業においてはその後も関係当局に対し特別に輸入承認のあるよう懇願したがすべて徒労に終つたのであり、この事実は原告において明らかに争わぬところである。

凡そ貿易業者としては、所謂輸入承認申請の受付停止は原則としてない筈であるとの通産省の見解をうのみにすることなく、かつ自動承認制といつても外国為替予算の制約がありかつ前記のような当時の思惑横行の経済情勢に思を致し、近い将来に所謂受付停止のあり得べきことを考慮して速やかに輸入承認申請をすべきであつた。結局大彌産業の本件輸入承認申請がおくれてその承認を得られなかつた原因がその申請書類の不備にあるにせよ、通産省の見解をたやすく信用して当時の経済情勢の洞察を欠いたことにあるにせよ、いずれにしても大彌産業の責に帰すべき事由によるものと断ずべく、これをもつて不可抗力と論ずることは到底不可能であるから不可抗力を前提とするこれらの抗弁はいずれも理由がない。

四、損害額の立証がない旨の抗弁について

本件契約中に契約不履行のときは証明のあつた損害のみを賠償すれば足る旨の条項があると認むべき証拠はない。もつとも甲第三号証によれば、本件チヤーターパーテイ第十三項に「本傭船契約の不履行、立証された損害に対する賠償額は見積り運賃額を超えないこと」という条項が存することが認められるが、これは仮令見積運賃額以上の損害があつたことを立証しても損害賠償義務の最高限度を見積運賃額に制限する趣旨であつて、本件のように解約金の数額が法定されているときにもなお解除による損害額を具体的に立証することを要する趣旨ではないと解すべきであるから本抗弁は理由がない。

五、アガチ号が船積港に航行しなかつたという抗弁について

本抗弁の理由のないことは前述の第三の一において説明したところによつて明らかである。同船がゴヤ港に寄港しなかつたことは同船の同港到着前に本件契約が解除された事実にかんがみ、被告の商法第七四五条第二項後段による解除の効力に何等の影響を及ぼさない。

第四、結論

以上認定の通り本件契約は商法第七四五条第二項後段に則り解除されたものであるから、被告は原告に対し約定運送賃の三分の二たる米貨十一万四千ドル(民法第四百三条邦貨と米貨との現在の為替相場の実勢に照し、原告主張の一弗三百六十円の率が正当であるからこれによつて換算すれば金四千百四万円)及びこれに対する本件契約解除の後たる昭和二十六年七月一日から完済迄商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払わなければならない。

よつて原告の請求を全部正当として認容し訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条仮執行の宣言について同法第百九十六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 加藤令造 田中宗雄 沖野威)

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